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うつからのキセキ☆

【職場の基盤づくりとその障害になるもの】

吉田松陰の言葉から得たシンプルな結論~

働きやすい職場で働きたい、

自分がいる職場を働きやすくしたい、

多くの人が考えていること、

又は潜在的に感じていることではないだろうか?

私は、今の職場が好きだ。

正直、改善すべき点、あまり好きでない点もある。

しかし、そういったことも全部ひっくるめて好きなのである。

好きであればあるほど、

こういう所が改善されたらより働きやすい職場になるのにと、

つねづね感じるのである。

 

先日、本屋さんでふと目に留まって購入した本。

池田貴将編訳「覚悟の磨き方 超訳吉田松陰サンクチュアリ出版

に今、はまっている。

この本は吉田松陰の176個の思想が、

心・士・志・知・友・死という章に分類され、

紹介されている。

 

士の章の№044は

「なにを優先し、なにを後回しにすべきか」というタイトルで

以下のことが書かれていた。

自分たちが描いたゴールに向かって、

仲間たちと気持ちがひとつになる。

その空気ができ上って、はじめて、

自分たちがすでに持っている能力や武器のすべてが、

どれでも貴重なものだということに気付くことができます。

ですから、

仕事をする上で大切なのは、

なによりも人間関係を作ることなんです。

他のことは緩やかでもいいんです。

 

私たちは、例えば、

業績を上げるには?

生産性を上げるには?

職場環境を良くするには?

などを考えるとき、

数字目標を設定したり、設備投資したり、

仕事のやり方を改善したりすることから

取り組むことが多いのではないだろうか?

もちろんそれらも大切だ。

しかし、吉田松陰は優先順位があるとおっしゃっている。

仕事をする上で大切なのは、

なによりも人間関係を作ること

これが本質なのではないかと想うのである。

何故なら、人並み外れてコミュニケーションの低かった自身が、

職場の人とコミュニケーションがとれるようになってから、

自分の強みを活かせる仕事を任されたり、

効率よく仕事が回せるようになったからである。

振り返ると、マイメンターのチーム構築のやり方がいつも人間関係優先というのも、

なによりも人間関係という考え方が自身に自然と身に着いた要因の

一つともなっているかもしれない。

 

コミュニケーション大事だよね!

数値目標や環境など目に観えるところばかり気がとられがちだけど、

まずはコミュニケーションだよね!ということは、

今の会社でもちょいちょい言っては来た。

その考えに、賛同してくれる人も結構いる。

しかし、全員が全員そうとも限らない。

 

以下の文章は、誰かをバッシングするという意味で紹介するわけではない。

自分がもし会社を起こす、又は、部下を持つ立場となっとき、

これがないと、職場の基盤づくりの障害になると考えるのである。

士の章の№064「上が下に接する態度」というタイトルで

書かれていた文章を紹介する。

部下が上司に、言いたいことを言えない。

そうなってしまったら、組織はおしまいだと想います。

もしまわりの人たちが従順すぎると感じたら、

上司は今すぐこう言うべきかもしれません。

「自由に意見を言え。じゃなきゃクビだ」

上司という立場の人は、どんなに忙しいときでも、どんなに疲れている時でも、

どんなに心の余裕がないときでも、

部下の意見には注意深く耳をかたむけなければならないのです。

 

なによりも人間関係。そしてその障害をつくらないように、

部下(後輩)の意見には注意深く耳をかたむける。

これができていれば、大抵の問題は解決できる又は、

解決策が見い出せるのではないだろうか?

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

 

2022年12月22日

 

【パフォーマンスとは?】

~パフォーマンスという言葉どういう意味で使ってますか?~

マイメンターからパフォーマンスが高い人ほど、

ピットイン(自分をメンテナンスするという意味合い)が必要。

という話を伺った。

そこで、ふと、今までなんとなく感覚的に使っていたけど、

「パフォーマンスってそもそも何だ?」と想い、ネット検索。

 

調べると、色々出てくるが、

自身の中でしっくりきたのが、

(株)ヒューマンパフォーマンスさんのホームページに記載されていた以下だ。

 パフォーマンスとは?

人事・人材開発分野の「パフォーマンス」とは、組織で働く人が実務で行っている行動と成果」のことです。

一般的に、「パフォーマンス」という言葉は厳密な定義がされずに使われている場合が多く、人によってその重心が「成果や業績」にあったり、「行動」にあったりします。したがって、「パフォーマンス」と聞いたときにはその人が何を意味して使っているのか、注意が必要です。

パフォーマンスの定義にはいろいろありますが、もっとも有名なものは次のギルバートの定義です(Thomas Gilbert, Human Competence,1978)。

 

ギルバートのパフォーマンスの定義

パフォーマンス = 行動 ➡ 成果

 

中略

この式は大事なことをふたつ示しています。

ひとつは、パフォーマンスはよく使われるような成果や業績だけでも、行動だけでもないということです。

もうひとつは、成果は何らかの行動の結果だということです。つまり、成果を高めるためには実務における行動を変える必要があるということです。さらに言えば、人の行動の量・質・バリエーションのどれかが変わらない限り成果は変わらないとも言えます。

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目からウロコだった。

何が目からウロコだったのか?

大きく3つある。

①国語辞典に載っている「パフォーマンス」の意味合いと、

ビジネスシーンで使われる「パフォーマンス」の意味合いとのギャップ。

②厳密な定義がないから、その人が(自分も含め)何を意味して使っているのか注意が必要。

人の行動の量・質・バリエーションのどれかが変わらない限り成果は変わらない。

 

①から得た学び

調べることの重要性を実感した。

恐らく自身には他にも、感覚やニュアンスで使っている言葉があると想うから、

これからも、気になった言葉があったらそのままにせずこまめに調べるようにしようと想う。

 

②から得た学び

自分は今まで、パフォーマンスという言葉を「行動」に近いニュアンスで使っていた。

しかし、「成果や業績」に重点を置いて使っている人もいるということは、

自身がそういう人と会話をする時、

会話がかみ合っていなかったことも多々あったのではないか?と想った。

もし、パフォーマンス=行動と想っている自身がが、

パフォーマンス=成果や業績と想っている上司に、

「パフォーマンスを今以上に上げるために(自分をメンテナンスするための)

リフレッシュ休暇ください。」と言ったとしたら、

たいした成果も出してないのに、何が今以上のパフォーマンスだ?!!!

となってしまう可能性もある(笑)

何を意味して使っているのか注意する意識を自分にも相手にも持ちたいと想った。

 

③から得た学び

自身は今まで、行動というと量というイメージが強かった。

何でも沢山行動に起こせば経験になるし、

それがたとえ望まない結果となったとしても、

そこから学べばいいと想っていた。

その考え方は基本変わらないのだが、

そこに、質とバリエーションという意識も加えると、

その沢山した行動にもっと、成果、結果が伴ってくるのではないかと想った。

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式を、

より的に当たるように精度を上げていく方式に変えていきたいと想った。

まずは、闇雲に行動していないか?

その行動にはどんな意味、どんな目的があるのか?を

しっかり考えて行動していきたい。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年12月13日

【社会性を養うためにも自己肯定感は必要】

~昨今の若い人の傾向性~

自身は、昨今の若い人(特に20代前半の人)の転職理由が、

大きく2つあるな~と

自身が実際に目の当たりにしてきた現状や、

インターネットなどから得た情報を基に漠然と考えていたのだが、

その考えに賛同してくれる人もいることが判明。

その方は、20年以上、小中学生を支援する仕事を続けてこられた方。

その方に賛同してもらえたのは、うれしいし、

自身の見立てに対する、自信にも繋がった。

 

自身が考える若い人の転職理由の

1つ目は、

個性(自分らしさ)が尊重される職場、

自分の強みを発揮できる職場でないと、

その職場への魅力を感じられなかったり、

自分が存在する意義を見い出せなかったりする。

そういう職場でないと、すぐに見切りをつけ、転職する。

優秀な人ほど、見切りをつけるタイミングは早い。

2つ目は、

組織や職場に適応できず、

体調を崩すなどの理由で転職せざるを得なくなる。

という理由だ。

 

どちらにも共通するのは、

個性(自分らしさ)が尊重される職場、

自分の強みを発揮できる職場でないという理由が

根本としてある。

恐らくだが、今の20代前半の人は(自身の息子もそうだが)

個性を大事にするという教育方針をもとに教育されてきた世代。

従って、

自分らしさを抑圧されたり、

自分らしさを発揮できないと感じた職場には、魅力も感じないし、

個性が尊重されない環境下での耐性ができていないのではないだろうか?

と想うのである。

それが、

さっさと見切りをつけるのか?

体調を崩すのか?

の違いなだけで、根本はどちらも同じなのかもしれないと考察する。

 

では、個性が尊重されない環境下での耐性を養うには何が必要なのであろうか?

それが自己肯定感なのである。

例えば、上司から上司だからという理由だけで、

ただ、「これやっといて!」という仕事の与えられ方をしたとする。

何でその仕事をしなければならないのか理由もわからないし、

こっちだって、別な仕事を抱えているし、

そもそもこの仕事、自分の仕事か?!!!

やる価値あるのか?!!!など、

納得感を得られないまま、

上司から与えられた仕事だからという理由だけで、

有無を言わさず「やらさせている感」でやっていたら辛いであろう。

このやるせない気持ちを分かってあげられるのだれだろうか?

自分だ。自分がこの気持ちに気付き、受け入れる(自己受容する)からこそ、

自分にとって、ベターな選択ができるのではないか?

この場合だったら、

あまりに理不尽だから、「できない」と伝えてみよう

でもいいし、

今回は様子をみて、次また同じようなことがあったら何か対策を考えよう

でもいいし、

誰かに相談してみよう

でもいいだろう。

少なくとも、我慢する(自分を抑圧する)という

選択をしなくてすむ可能性は高い。

例えば、職場の中で「こんなことやってみたい!」

「こうしたらもっと、いい仕事ができるのではないか!」

などアイデアや要望があったとしよう。

それを、発信していくことは勇気がいる。

だから、本心を隠し、周囲と同調する(自分を抑圧する)ことを

していることってないだろうか?

もし、自己肯定感の要素の一つである自己信頼が高ければ、

「こんなことやってみたい!」を言える勇気も持てるだろうし、

言ってみて、もしダメだったとしても、

自分だけは自分のその行為を肯定できる力を持っていたら、

そこでめげずに、また別な提案をしてくことも可能だ。

 

俗に言うブラック企業では、なかなか難しいかもしれないが、

自己肯定感を持っていれば、どこの会社に行っても、

自分らしさを守りながら、または、発揮しながら、

働くことは可能であると考える。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年12月9日

 

【全ては結果論】

~不器用な生き方から得た学び~

自身は、人生で2度のうつ病を経験した。

器用な生き方ではない半生だったということは、

それを語るだけで多くの人が推測できるのではないだろうか?

 

50年生きてきた中で、

生れてから小学校1~2年ぐらいまでと、

マイメンターと出会った43歳ぐらい~を除く、

約35年という長い長い時間。

その期間を、今振り返ると、

自分らしさから、

どんどんどんどん離れていく生き方だったと想うのである。

それは、自分らしさをかなり取り戻した今の自分だからこそわかることで、

もしマイメンターと出会わず、

自分らしさを取り戻すという作業を行ってこなかったら、

未だに気付けていなかったことかもしれない。

あのまま、自分らしさから離れるような生き方をしていたら、

どんな生活を送っていたか?と想うと、恐ろしくて想像もしたくないくらいだ。

 

自分らしさから離れた経験をしてきたことに気付いた時、

その過ぎた時間の重さに耐えられず、その過去を受け入れることにも、

かなりの時間と労力を使った。

ここ2~3年でやっと、過去の苦い経験も、

自分にとっては必要な経験だったんだとか、

世のため人のためにこの経験を活かしていこうとか、

前向きに捉え受け入れることができるようになった。

 

~20歳くらいまでは、親や先生の影響を受けるので、

あの頃の自分に戻って何かを伝えたいとはあまり想わない。

どちらかと言うと、お母さん、お父さん、学校の先生に、

あなたたち自身があなたたち自身の人生を楽しんでいますか?

自分らしく生きてますか?

自分との時間を大切にしていますか?と質問したい。

 

20歳以降の人には、その人自身に、沢山のことを伝えたい。

全てが大切なことだから・・・

35年自分らしさから離れて、いろんな弊害を味わって、

身を持って体験し理解したことだから・・・

 

インサイドアウト(自分の内側が外側に影響を与える)

・人格に応じた結果を得る

・人生をより幸せて豊かに生きるためには自分らしくあることが必要不可欠

・自分らしさを大切にしながらも社会性も大切にすることの重要性

・自分と向き合うことの大切さ

・自己理解・自己承認・自己認知・自己受容・自己信頼・自己尊重

・感情を知ることが自己理解の第一歩

・セルフマネジメントの重要性

・あり方の重要性

・気付きを学びに変えることの重要性

などなど

以上のような事いっぱい伝えたい、できれば早いうちに。

何歳からでも、改善すること・身につけることは可能であるが、

早いに越したことはない。

その人たちが親になる前だったらなおさら良いと自身は考える。

 

上記全てのことは学びと経験から結果的にわかったことだ。

そして上記のことを、

トータル的に観て、効果・効率的に身につけたり改善をしたいのであれば、

優先順の上位に来るのがやはり自己肯定感であると自身は想うのである。

私には、俗に高いと言われる、学歴も、IQも、資格もない。

でも、経験というリソースはある。

全ては50年という人生の経験を経て、結果的にわかったことなのである。

この経験から得た学びを、広めていく活動。

これからの残り半分の人生でやっていく。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年12月1日

 

 

【働いているか?働かされているか?】

~たった3文字の違いが大きな違い~

1週間ほど前だったと想う、

ホリエモンさんのYouTube動画を観たのがきっかけであろう、

最近、YouTubeを立ち上げた時に、

デフォルト画面にホリエモンさんの動画がアップされることが多い。

奇抜なタイトル、目を引くようなタイトルが多いため、

ついつい、観てしまう。

もちろん、内容も、思想も、発言も、

おもしろいから観るのだが、

自分には無い視点だな~とか、

自分はどうだろう?とか、

何かを考えさせられるきっかけになることが

多い動画であることは間違いない。

 

ホリエモンさんが、ある視聴者の相談にのるというような、

動画を観た。

(たまたまアップされた動画を観たため、

後からもう一回見ようと想っても、たどり着けません💦)

その中で、企業に就職しないという働き方(生き方)を

選択したという視聴者さんがいた。

ホリエモンさんがその方に対して、

「自分も会社員にはならなかったが、その理由は、

会社に働かされるのが嫌だったからだ」というような事を言い、

それに対してその視聴者さんも、「同感だ」と言っていた。

 

自身の中には「会社に働かされる」

このフレーズが引っかかった。

恐らく、50年生きてきた中で、初めて?聞くワード、

少なくとも、自分の意識には無いワードだったため、

自身にとっては、新鮮というか、斬新というか、

そんな感覚を覚えた。

と同時に、「働かされている」という意識で働いていたら、

そりゃ、嫌だろうな~、つまんないだろうな~、苦しいだろうな~

と想った。

そして、

今までの自分はどうだろう?

自分の周囲の人はどうだろう?

無意識に、「働かされている」という感覚で、

働いていなかっただろうか?

実際に、俗に言うブラック企業で働いていた人は、

まさに「働かされていた」のではないだろうか?

会社を辞めていった人の中には、もしかしたら、

「働かされている」とまでは思わないまでも、

「働いている」という実感が得られていなかったのではないだろうか?

など、様々な疑問が湧いてきた。

 

現在の会社に入るまでの自身は、

様々な仕事を経験したが、

収入を得ることが一番の目的だったため、

「働かされていた」とまでは思わないが、

少なくとも主体的に「働いている」という実感も意識もなかったように思う。

だから、会社や上司がこうだ!と言えばそれに従うだけだし、

それに従うことに何の疑問も持たない、

持ったとしても「給料をもらっているからな」と自分に言い聞かせて、

我慢すると言ったことが大半だったように思う。

 

現在の会社は、会社に行くのが楽しい!と感じることが多い。

その要因は沢山ある。しかし、今まで意識していなかったが、

「楽しさ」の1つの要因として、

「働いている」という実感があるからではないか?

ホリエモンさんの動画をきっかけに、考えるようになった。

今の会社ではある1つの役割が与えられている。

その役割というのが、自分の強みを活かせたり、

やりがいだったり、それをすることによって、

自分も会社もステップアップができたり、

自己成長感が得られたりするから、

その役割を遂行している時は特に、

「働かされている」という感覚はない。

(好きなことをしているだけと言っても過言ではない。)

 

働いているか?働かされているか?

文字にするとちょっとした違いだが、

その感覚の違いは、

人生に対する幸福度に大きく関わってくるのではないだろうか?

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

2022年11月25日

【辞めるという選択をしたAちゃんの感度の良さ】

~本と動画から得た知識がかみ合う~

先日、ある知り合いの娘さんAちゃんが新卒で入った会社を、

数カ月で辞めたという話を聴いた。

辞める理由が色々ある中の一つに、

こんな理由もあると言っていた。

それは、社内テストで嫌な気持ちになった。というものだった。

 

ある日、Aちゃんが所属する課で、

その会社で扱う製品についての知識を試すテストが行われた。

そしてテストを受けた全員の採点結果が課内で公表されたのだそうだ。

Aちゃんは新卒にしてはまあまあできたほうだったので誉められた。

そのこと自体はうれしかったのだという。

しかし、Aちゃんが嫌な気持ちになったのは、

社歴も長く、人柄としては尊敬していた先輩が、

そのテストの結果が悪かったことを、上司から

「こんなこともできないのか。何年目?」と、

皆の前で、嘲笑される姿を目にしたことだった。

Aちゃんは、まるで公開処刑だなと想ったそうだ。

確かにテストの点は悪かったかもしれないが、

その先輩は人柄がよく、精神的な面で助けてもらったりしていた。

そういった面で、職場に少なからず貢献している人に対して、

このような扱いをすることに嫌悪感を感じたし、

自分も将来、あんな扱いをされたらどうしよう。

あんなふうになりたくない。と恐怖心を抱いたのだそうだ。

 

自身は今、

脳科学者で医学博士の中野信子さん著

科学がつきとめた「運のいい人」(サンマーク出版)

を読んでいる。

その中に書いてあった、児童心理学の実験が、Aちゃんの話とリンク。

勉強ができるAちゃんとBちゃんを違った状況で誉め、

うれしさの度合いを比べるといった実験だ。

その実験を簡単に記載すると(詳しく知りたい方は本を読んで欲しい。)

勉強ができるAちゃんを誉めた後、Aちゃんの目の前で、

勉強ができないC君を「どうしてこんな簡単な問題もできないのか」と叱る。

勉強ができるBちゃんを誉めた後、Bちゃんの目の前で、

勉強ができないD君に対して、

「算数は苦手かもしれないけど、虫のことには詳しいよね。」など、

D君なりの良さを見つけてほめる。

AちゃんもBちゃんも自分が勉強ができることを誉められたこと自体はうれしい。

だが、Aちゃんは、「もし自分も勉強ができなくなってしまったら叱られる」

という想いも同時に抱く。

Bちゃんは、「もし勉強ができなくなってしまっても他の部分で認めてもらえる」

と感じる。

 

中野さんの本のこの部分を読んだとき、

まさに、知り合いの娘さんAちゃんとこの実験のAちゃん、

リンクするよな~。と想った。

と、同時に、先日観た、

メンタリストDaiGoさんの動画での話を想い出した。

2種類のプレッシャーの話だ。

人にはある程度必要なプレッシャーと、

心身に悪影響を与えるプレッシャーがある。

必要なプレッシャーとは、例えば、

成長のために何かに挑戦するとか、

目標を持って取り組むとか、そういったもの。

悪影響なプレッシャーとは、

恐怖を伴うプレッシャーだ。

Aちゃんが感じたプレッシャーは後者であろうと想った。

 

Aちゃんはこの職場に身を置くことへの自分へのダメージを

察知したのかもしれない。

 

今の若い人の価値観は変化しているのではないだろうか?

お金には変えられない、数値化できない、

目には見えないもの。そちらを大切にすることに・・・。

 

2022年11月19日

 

【人間力もバランス】

内閣府による「人間力」の定義

皆さんは、「人間力」という言葉、

耳にしたり、使われたりすることは無いだろうか?

自身はある。

しかし、「人間力とは?」と改めて問われると、

明確に答えられない自分がいる。

ニュアンスで聞いたり、使っていた言葉だったな~と想うのである。

 

人間力」をネット検索してみると、

何と、内閣府が明確に定義している言葉とのこと。

更に検索して、内閣府が2003年に出している文章を発見。

その文章には以下のように書かれていた。

 

人間力の定義 
人間力に関する確立された定義は必ずしもないが、本報告では、「社会を構成し運営
するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定
義したい。 
・ 具体的には、人間力をその構成要素に着目するならば、
① 「基礎学力(主に学校教育を通じて修得される基礎的な知的能力)」、「専門的な知
識・ノウハウ」を持ち、自らそれを継続的に高めていく力。また、それらの上に応用
力として構築される「論理的思考力」、「創造力」などの知的能力的要素
② 「コミュニケーションスキル」、「リーダーシップ」、「公共心」、「規範意識」や「他 者を尊重し切磋琢磨しながらお互いを高め合う力」などの社会・対人関係力的要素
③ これらの要素を十分に発揮するための「意欲」、「忍耐力」や「自分らしい生き方や
成功を追求する力」などの自己制御的要素
 などがあげられ、これらを総合的にバランス良く高めることが、人間力を高めることと
言えよう。 

以上、内閣府人間力戦略研究会」座長 市 川 伸 一 の文章より抜粋

 

要約すると、

①知的能力的要素

②社会・対人関係力的要素

③自己制御的要素

を総合的にバランス良く高めることが人間力を高める

こととなるということだ。

 

これは、自身の主観だが、

ありがたいことに日本は、教育を受けやすい環境ではあるので、

①知的能力的要素は高いのではないか?と想う。

実際に、上記内閣府の文献にも、

基礎学力に関しては、国際的に高いレベルだという調査報告があるとされていた。

 

しかし、②、③はどうであろうか?

本の学校教育では、②③、特に③に関しては、

①に比べて扱う比率がかなり少ない。

(決して、学校教育を批判しているわけではない。)

だとすると、②、③に関しては、

自らが、自主的に、意識的に、高めていく必要があるのではないか?

 

短大を卒業してからの自身は、

会社員(アルバイト・パートを含め)をしてきた。

会社によっては、社員研修を開いてくれて、

学ぶ機会を与えてくれるところもあると想うのだが、

自身がかつて勤めてきた会社はほとんどなかった。

あっても、①を磨くための研修が主だった。

且つ、

仕事は①を高めないと、仕事にならないことが多々あるので、

必然的に①は高まっていく。

②・③に関しても、社会人生活をしていれば、

少しづつ自然と育まれていくとは想うのだが、

もし、劣悪な職場に勤めてしまった場合、

育まれるどころではないかもしれないし、

意識的に高めよう!!としている場合とそうでない場合であれば、

その高まり具合にはかなりの差が出てくる。

それは、自身のこれまでの人生で実証済みだ。

 

①②③をバランス良く(^-^)

 

この意識を持つことが、まずは大切なのかもしれない。

そうすることで、自分がどの部分を伸ばすべきなのか?

観えてくるのではないだろうか?

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年11月18日