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うつからのキセキ☆

【自己肯定感バイアス】

~一見自己肯定感が高そうな人~

いつも堂々としていて、はきはきしていて、声も大きくて・・・

昔の私は、こんな人を自己肯定感が高い人と想っていた。

堂々と、はきはき、声が大きい、こういう時、

その人は確かに自己肯定感が高いかもしれない。

そこの部分だけを切り取って観れば、自己肯定感は高いと言えるであろう。

しかし、それ以外の一面を見る必要があるのではないか?

と、最近になってよく感じるのである。

例えば、堂々と、はきはき、声が大きい、AさんとFさんがいるとしよう。

そして、小さなミスをしたときのAさんとFさんの

異なる行動を例にしてみようと想う。

ここでポイントなのは小さなミスという点。

大きなミス、明らかに自分のミスというミスをした場合の方が、

かえって人は潔くそのミスを認めるからである。

ミスをしたときAさんはその大小に関係なく、

ミスをしたことにより迷惑をかけてしまった人や、

サポートをしてくれた人に、ありがとう、ごめんなさいを言う。

ミスをしたときFさんは、

ごまかせそうな小さなミスだったら胡麻化したり、

誰かのせいにできそうだったら誰かのせいにしたり、

自分には責任が無いことをアピールしたりする。

 

Aさんは、自分のプラスな面だけでなくマイナスな面も受け入れる

器があると推測される。自己受容は自己肯定感の土台となる部分なので、

自己肯定感もおのずと高い可能性が大きい。

Fさんは、例えばだが、仕事が上手く回せている自分など、

自分の良いところには自信満々だが、

自分のマイナスな面には目を向けない、

言い過ぎかもしれないが拒絶している。

マイナスな面を自己否定しているとも推測される。

真の自己肯定とは、自分のプラスな面、マイナスな面、

全部ひっくるめて受け入れること、

全部ひっくるめて自分を好きであること、であるから、

自分のプラスな面だけに自信がある(自己肯定する)ことは、

自己肯定感バイアス(←自分が勝手につけたネーミング)であると考える。

 

ここからは自身の主観だが、

自分の負の部分をあまりにも観ない人は、

他人の負の分を逆に沢山観ている気がする。

そして、相手の負の分を責める。(口に出しても出さなくても)

何故なら、自分がその負の部分を受け入れていないということは、

他人のそれも受け入れられないからである。

自分の中に偏りがあると、

その均衡をとろうとするのではないだろうか?

逆もあって、

過去の自身のように、自分の良い所を見つけようとしない人は、

他人の良い所ばかり目が行って、それをうらやんだり、

自分と比較してさらに自己卑下が加速したりもする。

Aさんのように自分の中で、均衡がとれている人は、

他人を観る目もフェアであることが多いように感じる。

あくまでも主観だが、

自身や、周囲の人を観察すると、そういう傾向性があるように想う。

これのエビデンス情報はないだろうか?(笑)

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年11月22日