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うつからのキセキ☆

【義務教育に人間学を入れてほしいとふと思う】

【義務教育に人間学を入れてほしいとふと思う】

私は、40代前半でマイメンターと出会い、

マイメンターのもとで、

マインドセットコーチングを学び、生活に取り入れることで、

自分の内側にフォーカスすることの重要性を身を持って知ることができた。

宇宙には、自分の内側が外側に影響を与えている

インサイドアウト)という、原理原則が在るからだ。

 

マインドセットコーチングでは、

マインドに関して様々なことを学んだ。(今も継続中)

インサイドアウト、現実を創る原理原則、自己肯定感、承認欲求、

セルフトーク、主体性、マインドフルネス、ニーズなどなど

それは多岐にわたる。

それらを学び、自分の内側に意識を向けると、

これまで当たり前と想ってきたこと、

常識だから守らなければいけないと想ってきたこと、

こういう考え方はダメだと信じてきたこと、

が必ずしもそうではない、

というかかなりの割合で、

当たり前でもないし、常識でもないし、ダメ(いい悪い)でもない、

ということがわかった。

しかし、大抵、それらの思い込みというのは、

子供のころ~若い頃(20代くらい?)までの間に、

大人や影響力のある人からの言動で持つようになったことが多く、

それが非合理的であったと気付いたとしても、

その非合理的な思い込み(ビリーフ)を持ち続けていた時間が長すぎて、

なかなか変えられない、変えるのに時間がかかるということを、

しばしば、この7~8年で経験した。

そこでふと、

そもそも、だれもが非合理的ビリーフを持たないようにすればどうか?

と考えた。

とするならば、日本は義務教育が整っている。

国語算数理科社会と同じレベル感覚で、

人間学を子供のころから学んだらどうか?

そうしたら、世の中全体が生きやすい世の中になるのではないか?

 

例えばだが、私は小さい頃から、

「気にしすぎ!!」とか、

「そんなことまで何で気になるの?!」とか

「そんなこと別に気にする必要ある?!」とか

周囲からよく言われ、

気にしすぎは悪い事という思い込みを持っていた。

これはかなり長い年月持ち続けていた思い込みで、

今はほとんど大丈夫だが、それでもたまに、

この言葉を投げかけられた時、

心がざわつく自分も今もまだいる。

 

確かに、気にしすぎてよろしくないこともある。

例えば、

「人に悪く想われたらどうしよう」とか

「人に嫌われないようにするには」とか。

そういった意味で、

「気にしすぎだよ~」と言われるのはありかもしれない。

でも、

気にしたくなくても、

気になってしまうもの、

感じてしまうことってある。それに対しても、

「気にしすぎだよ~」という言葉が使われる。

そういうのがごちゃ混ぜになって、

気にしすぎは悪い事という思い込みを抱いてしまったのかもしれない。

 

そうならないためにも、

例えば、

他人軸でなく自分軸で生きることの大切さを学ぶであったり、

世の中には一定数HSPの人がいるんだよということを学ぶであったり、

HSPの人はどんなことに気を付けたらいいかを学ぶであったり。

を小さい頃から取り入れればよいのではないか?

 

人間を知る、自分を知る機会が定期的にあれば、

自己理解、他者理解に繋がり、

もっとお互いを尊重しあえる世の中になるのではないだろうか?

 

義務教育が無理だとしても、

学習塾、ピアノ教室、パソコン教室、スイミングスクールなど

沢山の習い事がある中の一つに、あってもいいスクールと考える。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年7月29日