光り輝き続けるために✨

うつからのキセキ☆

【一見、良い人】

【一見、良い人】

今年一年で、いい人を辞める!!と決意し、

2カ月が過ぎようとしている。

計画としては、先ず、2~3月の間位までは、

そもそも、辞めるべき「良い人」ってどんな人?

どんな時に、「良い人」になる?

ということを知ることを目標としている。

 

そこで見つけた、辞めるべき

「良い人」は今のところ以下の3つだ。

都合のいい人。

外面のいい人。

一見、いい人。

 

今日は3番目の一見、いい人。の話を書きたい。

 

自己観察する中で、

自分が良かれと思ってやっていたことが、

相手にとっては、

そこまで、してほしいことではなかったり、

むしろ、自分がやるつもりでいたのに!と内心思っているかも・・・。

ということを、自分がしてしまっていたのではないか?

と言う視点がもてた。

 

それは、私が良かれと想ってする行動には、

相手の立場や、気持ちを考えることが、

ほぼ含まれていないことに気付いたからだ。

私の中で、何でもしてあげることが、良いこと、

すなわち、何でもしてあげる人が良い人。

という思い込みがあったように想う。

 

こんなことを試してみた。

ペアでやっている仕事がある。

ペアの相手が私より、忙しい職場にいる人なので、

できるだけ私が負担をして、

ペアの分まで手を伸ばしてその仕事をしていた。

それが、相手にとって良いことだと想っていた。

でも、ちょっと勇気を出して、

今まで手を伸ばしていた部分に関して、

「私がやってもいいですか?」と聞いてみた。

「そしたら、これは私の分だから私がやるね。」とあっさり。

相手はそこまで、ペアでやっている仕事を負担と想っていなかったようだし、

むしろ、私がやる分量が多いことに、申し訳なくも感じていたようだ。

 

このように、一見、良い人のように見えるこの行為。

相手が本当に喜んでいるのであればいいのだが、

逆に、相手の気持ちに負担をかけてしまったり、

立場を悪くしてしまったりしていることもあったようだ。

非常に反省している。

 

今日も、似たようなことがあり、手を出しすぎちゃったな・・・。

と後から気付き、自己嫌悪💦

 

だからと言って、

これをしてあげたら相手のためになるんじゃないか?

と想ったことを行動に起こさない、見て見ぬふりをする。

というのも私の本意ではない。

手を出すことが相手に本当に喜ばれることもあるからだ。

それは、状況や、相手の気持ちなどにもよるので、

自分で判断せず、先ずは相手に確認してから行動に起こしたい。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年2月8日