光り輝き続けるために✨

うつからのキセキ☆

【努力からの解放】

【努力からの解放】

私は好きなことを生業として生きていきたい。

そのためには、

めちゃくちゃ頑張らなくちゃいけない。

努力しなきゃいけない。

という思い込みがあった。

マイメンターや、本などから

こういう思い込みが日本人に多い。

そして、自身にもあるということには、

気付いてはいたのだが、

本当の意味で、理解していなかった。

(腑に落とせていなかった。自覚しきてれなかった。)

しかもその思い込みはかなり強かったように思う。

 

だから、MindLaboのための勉強や、

活動をしていないと、

どこか不安、焦燥感が出てきてしまっていた。

「今日はMindLaboしない!!」と決めてもだ。

 

しかし先週1週間、

「今週はMindLaboしない!!」と決め、

それを実践したことで、

この思い込みからほぼ抜け出せた感覚がある。

(何十年も背負ってきた思い込みなので、

完全に抜け出すには、

もう少しリハビリ期間が必要かもしれないが💦)

 

この3連休の大半を自分が今何をしたいか?

何をしたくないか?という感覚にしたがって行動してみた。

3月26日までにやらなければならない課題があるので、

正直その課題を進めないで、好きなことをしていることに、

抵抗もあったし、焦りと不安がなかったわけではない。

でも、マイメンターが

「MindLaboと向き合わないと決めて1週間過ごしてみたら?」

と薦めるには、重要な意味が隠されている。

そう直観していたので、

「MindLaboと向き合わない」を遂行した。

 

そしてわかったことがある。

自分は今まで、自分のことを努力家で努力することが大好きな人だ。

と想っていたが、

実は努力することがそんなに好きではないし、

努力家でもなかったということ。

連休の2日間、

好きなように好きなことをして過ごし、

その行動を振り返ってみると、

「努力」とはかけ離れ、

ゆるくて、ちょっとだらしなくて、

ネットサーフィンするみたいに、

その時々で興味が湧いたものへ、

さっきまでやっていたことがやりかけでも、

次々に次々に移っていく、

ふわふわした感じで過ごしていた。

 

うつ病が治り、心身ともに健全だと想える現在でも、

たまーに、(連休などが多い)

やる気スイッチが入らない時があった。

今から想うと、

恐らく努力家を装っていたから、

努力し続ける自分に疲れて、

やる気スイッチが入らないモードに陥っていたのだと想う。

 

この2日を振り返ると同時に、

小学生の時の記憶もよみがえる。

夏休みの宿題を、コツコツやるタイプでは決してなかった。

休みの最終日近くに焦ってやるタイプ。

でも、学校や社会からは、(親もそうだったかな?)

休みだからといってだらだらせず、規則正しい生活をしなさい。

宿題も計画を立てて、コツコツやりなさい。

と教育されていたから、

だらだら過ごすこと、コツコツやらないことが

いけないこと、だめなこと、という思い込みがあり、

休みをだらだら過ごすことに、罪悪感を抱くようになっていたのだと想う。

その罪悪感を抱きたくなくて、努力家を装っていたのかもしれない。

 

自分は努力家ではない。

それを知れただけでも価値ある1週間であった。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

2022年3月21日