【父への恩返し】
【父への恩返し】
父は、数年前から、人口透析をしている。
心臓に疾患もあり、ペースメーカーも入れている。
「俺は2つも障害があるから、特級さ!わははっ」
(特級というのは父が勝手につけた架空の階級)
と気丈に振舞い、見た目には元気にしているのだが、
やはり、透析や、心臓疾患の影響が、
身体の他の所に及んでいるのも事実だ。
そんな父が、最近よく口にするのが、
1月に両親と約束したこの先の予定だ。
その予定とは、
4月のプチ温泉旅行と6月のわらび採り。
例えば、
コロナの状況を伝えるニュースをみて、
「4月の温泉の頃には落ち着くでしょ!」とか
ワクチン3回目接種の進み具合の情報をみて、
「このまま進めばおさまる方向に行くから、
温泉大丈夫そうだな~。」とか、
ちょっと体調が悪そうだった時、
「4月には温泉、6月にはわらび採りに
行かなくちゃいけないからな~。」
と楽観的な発言が多い。
よく考えたら、父親はもともと、
楽観的な考えの人ではある。
しかし、最近のこの楽観的発言の要因になっているのは、
明らかに、私と母と父と3人でした約束である。
「病は気から」とよく言うが、
父の元気さの要因に少なからず、
貢献できているなと実感できることで、
安堵感と幸福感を得られている。
両親から今までかけてもらった、今もかけてもらっている、
愛情からは微々たるものであるが、
恩返しができていると想えるからだ。
私がうつで苦しい時、正直、自分の存在を消したかった。
いつもイライラしているか、ふさぎ込んでいる自分なんて、
この子たちにも、一緒に住む家族にも迷惑な存在だと想っていた。
でも、なかなかそんな状況から抜け出せない。
頑張れば、頑張るほど苦しくなる・・・
そんな自分の命綱が、両親からの愛だった。
両親だけは、こんな私でも、愛してくれている。
こんな私じゃ親孝行もできないけど、
せめて、親よりも先に死ぬという親不孝だけはしたくない。
この想いだけが私の生きる支えであった。
(今から想うと、一緒に住む家族や周囲からも
愛は受けていたのだが、お恥ずかしながら当時の私は
気付けていなかった。)
今度は私が、両親の生きる支えになっている。
泥沼にはまっていた自分が誰かの生きる支えになっているなんて。
こんな経験をさせてくれる両親の存在に、
改めて感謝としか言いようがない。
4月の温泉、6月のわらび採り、私も楽しみにしているよ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
2022年3月3日