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うつからのキセキ☆

【感謝できるようになったプロセス①】

【感謝できるようになったプロセス①】

 

主観だが、感謝には2種類あると考える。

1つは、思考が働いてする感謝。

もう1つは心から湧き上がってくる感謝。

どちらにしても、

感謝できるということは、

本当に素晴らしいことだと想う。

 

何故なら、自身は感謝できない人間であったからだ。

特に思春期の頃(中学~高校生の頃)が酷かった。

両親は共働きで、忙しく、

私のことになんか関心が無いと想っていた。

塾に行きたいと言っても、

やる気さえあれば家でも勉強はできると

行かせてもらえなかったし、

じゃあ、教材を取って勉強させてと言っても

お兄ちゃんに買ってあげたの使って!と

それも聴いてもらえなかった。

 

私の要望は両親には聴いてもらえないんだな。

 

小学生の頃の習い事のことなど

色々と自分の意見が通らなかったことが多かったので、

私は両親から期待されていない人間なんだ

といつしか思い込むようになっていた。

 

家族旅行もほとんど行ったことが無く、

周りの友達から聞く一家団欒みたいなのが

自身の家には無い気がして

「本当に何でこんなつまんない家に生れてきたんだろう。」

とずーっと恨めしく想っていた。

 

そんな私が両親に感謝できるようになった一つの大きなきっかけは、

短大に進学させてもらったことだ。

しかも県外に。

当時、まだ男尊女卑的考え方が社会に強く残っており、

女に学歴はいらない。

という考えの人も少なからずいた。

両親の考え方、

特に我が家の大蔵大臣である母親がその考え方だったので、

高卒で就職してほしいというのが両親の希望であった。

私も両親の考えに従い、

高校では、就職コースクラスを選んでいた。

 

しかし、いよいよ進路を決めるという最終段階に来た時、

自分は本当は進学したい。

(まだ就職したくないという気持ちが強かったのもあるが・・・)

何になりたいかは、わからないが、

まあまあ得意だった理系の分野の方に

進んでみたいという想いが抑えられなくなった。

土壇場で、就職から進学に変更したい!!と言い出したのだ。

両親にそれを伝え、反対されたが説得し、

わがままを通させてもらった。

今まで割と我慢することが多かった私だったが、

ここは私の人生を大きく左右することである。

結構粘った。

 

「進学」と決まった時点から、

両親が変わった。

進学に向けて、めちゃくちゃ支援してくれたのだ。

車で片道5時間もかかる試験会場に連れて行ってくれたり、

受かれば受かったで、

引っ越しなど、めちゃくちゃ協力してくれた。

進学、1人暮らしにかかるお金も出してくれた。

 

私は、今まで勘違いしていたのだ。

両親は私のこと、すごくすごく大事に想ってくれていたのに、

私がそれを感じていなかっただけだったのだ。

 

「何事も感謝しなければならない。」

よく耳にする言葉で、

頭ではわかっていたつもりであったが、

両親に対して感謝できるようになったことで、

実感がわく言葉となった。

自身にとって非常に大きな一歩であった。

 

2021年10月12日