【どうしたいかではなく、どう在りたいか?】
~自分への問いかけを変えて観えたこと~
職場に、退職の意向を示した。
次の就職先が決まっているわけでもないし、
何月何日までにどうしてもやめなければならい、
という理由もないので、正直、退職日がいつになってもいい。
自身の希望は、2月20日付けて退職、その日から逆算して、
有休消化させてもらいたいと願い出た。
多少、有休を捨ててもいいとも考えていた。
しかし、会社では、
私の退職に当たっての引継ぎ以外にたまたま諸事情が重なり、
退職日を先にずらしてもらったらありがたい。
と申し出があった。
気持ちは複雑だった。
次の働き先を早く決めたい!!
早く、ジェラートに携わる仕事で働きたい!!
という気持ちと、
「無理強いはできないけど、会社も今大変な状況だ。」ということを、
素直に伝えてくださり、1か月伸ばしてもらえないか?
という、申し出(SOS?)がうれしくもあり、会社のために何とかしたい!!
という気持ち。
長い人生でいったら、1か月なんてほんの誤差範囲だから、
深く考えなくてもいいんじゃない?とつぶやいてみても、
でもなんか心がもやもやしている。
そのたった1カ月のことに、決められないで悩んでいる。
会社の言いなりになっているのではないか?
こういう時に、NOとはっきり言えない自分はダメなんじゃないか?
ジェラート屋さんで働きたい気持ちを後回しにしてもよいのか?
SOSを出してくれたことをうれしいと想っているのも事実ではないか?
自分のことは後回しにしても、やっぱりSOSには答えたいという気持ちもある。
それは、罪悪感からなのか?本気で助けたいと想っているのかどうか?
事情を知っている周囲の人で助言してくれる人もいる。
その人はその人なりの考えで私に言ってくださることはありがたいし、
理解もできるのだが、ますます混乱してくる。
自分はどうしたいの?自分はどうすべきなの?
そこで、自分自身への質問でハッとする。
今、どうしたいか?と自問したよな~。と・・・。
こういう時、マイメンターは、どう在りたいか?
という質問をするだろうな~と・・・。
どう在りたいか?
私は、悩んでる人、困っている人、の力になれる人で在りたい。
でも、SOSを出してきてくれないと、助けることはできない。
せっかくこうやってSOSを出してきてくれたではないか?!!
その上司は、いつも、ご自分が忙しくても、
時間をつくって相談にのってくれた。
自身のミスに対しても、的確な指示を出してくれた。
その人が、最後の最後に申し出てきてくれたんだから、
本当はできるだけ早く辞めたいという気持ちは正直あるが、
そんな自分の欲求よりも、大切なものがあるだろう!!!
答えがはっきりした。
3月20日付けの退職願もつくった。
理由は、今まで感謝の気持ちを、SOSに答えるということで、
少しでも形にするため。
これは、神様が私に与えてくれたチャンスだ。
感謝を形にできるチャンス。
最後まで、しっかり働くぞ!!!!
本日もお読みいただきありがとうございます。
2022年12月22日