【挑戦の場があることに感謝】
~日常から得た気付き~
自身が今、勤めている会社では、
朝礼の時に、朝礼当番の社員1人が、
テーマに沿って1分ほど話す時間がある。
社員が100人ほどいるので、
1つのテーマを全員が話し終わるのは
5か月くらいかかる。
今のテーマは
「一生のうちで挑戦したいこと」だ。
思い浮かばない人、話したくない人のために、
フリーテーマ可というルールになっている。
このテーマになってから、3カ月くらいが経つが、
案外、このテーマ、話しづらい人(フリーテーマを話す人)が多いようだ。
何故か?
今自身は、挑戦したいことだらけで、
今の自身だとその理由を想像しづらいので、
昔の自分だったら?ということを想定して考えてみた。
単純に、挑戦したいことがない。
むしろ、安定を求めているからわざわざ挑戦なんてしたくない。
挑戦したいことがあったとしても自己開示したくない。
自己開示したくない理由は?
周囲から変な人~とか、そんなの本気でできるとおもってんの~とか、
想われたくない。
要するに、周囲の目が気になる。反感をかいたくない。
そんなところであろうか。
以前の自身がそうだったからと言って、
話しづらそうにされている方がみんなそうであるとは限らないし、
もしも、挑戦したいことがないならないで、
もしも、話したくないならないで、
それはそれで、そういうもんなんだなと想うだけある。
ただ、一つ言えることは、
過去の自分で在れば、
確実に話しづらかったであろうことを、
今の自分は、話しづらいどころか、
話したくて仕方がないくらいになっていることの方が、
幸せを感じるということだ。
何故、挑戦したいことが沢山あるのか?
それは、挑戦することの楽しみ、
得られるものの大きさに気付かされたからだ。
(自己成長感、達成感、幸福感、コミュニケーション力、行動力、
自己肯定感、などなど)
自身はありがたいことに、
挑戦のチャンスを沢山与えられている。
挑戦には大きく2つあると考える。
自分が自ら求めてする挑戦と、
挑戦するチャンスを与えられてする挑戦だ。
自分で求める挑戦も昔に比べたら多いことは多いが、
それよりも、
会社勤めをしているだけでは経験できないような挑戦のチャンスを
与えられていることが多い。
誰からから?
マイメンターである。
マイメンターは、先見性があるので、
新しいことをどんどんどんどん、取り入れていく。
それに、乗っかていると、挑戦の場が与えられ、
自然と流れに乗っているそんな感じだ。
あまりに、それを、自然に当たり前のようにやっていたので、
自身がどれだけ、挑戦の場を与えられているのか?
そしてそれが、当たり前のことではないんだということに、
こういうことがあって、改めて気付かされるのである。
挑戦が楽しい!!
こう思えるようになったのも、
ここ7~8年経験が大きい。
やはり、何事も経験なのだなと想うのである。
挑戦の場があることにもちろん感謝であるが、
そのチャンスをものにしてきた自身へも尊敬の意を示したい。
最後までお読みいただきありがとうございます。
2022年10月19日