【信じているだけでよかった】
~ロールモデルから得た学び~
私のロールモデルの1人に長男がいる。
長男は、小さい頃から、
感性と直観?で動いているというか、
周りに流されないというか、
天真爛漫というか、
天然?かと思いきや、
彼なりの価値観みたいなものをしっかり持っていたりと、
一言で言うと、自分にあまり無理をさせない、
無理をさせることができない?タイプの人だ。
彼が中学生のころまでの自身は、
常識を重んじるであるとか、
物事に対して、こうあるべき!みたいな固定観念や
良い悪い、正しい間違っているとったような二極化思考の
塊のような人だった。
そのため、中学生の彼のことは、
ロールモデルどころか、
こんな自由人で社会に出てやっていけるのか?
と否定的な捉え方をしていた。
しかしその捉え方は非合理的だった、
と知識として学んだことと実際にそれを観て取れたことで理解できた。
中学、高校と彼は数学の点が取れなかった。
彼自身そんなに悩んでいる感じではなかったのだが、
自分の子供が数学ができないという事実を受け入れられない私が、
焦っていた。
何故その事実を受け入れられなかったか?
両親とも理系の学校を出ていて数学が得意な方だったのに
息子にできない訳がない。
勉強の仕方、勉強の量、次第で何とかなると思い込んでいたから。
何故焦ったか?
英国数の3教科は基本だから、
将来どの道に進むにしても出来てた方が良いという思い込みがあったから。
そこで自身は、個別指導の塾へ長男を通わせた。
ありがたいことに長男は、文句も言わず通ってくれた。
しかし、親の期待とは裏腹に
数学のテストの点が著しく上がることはなかった。
そんな彼だったのだが、
就職するための試験に数学が必須で、
しかも今の自分の数学のレベルでは、
合格ラインの点を取るにはかなりの追い上げが必要だ、
ということに気付いてからは猛勉強。見事就職を決めた。
必要となればやるんだし、
やればできるんだな~ということがこの時わかった。
「親が何とかしてやんなきゃ!」
子供のことが心配だから
親はそう思ってしまうものなのだろうが、
「信じて見守る」ということも必要だったんだな~
とつくづく感じるのである。
長男の名誉のために言っておくが、社会科は得意だった。
そんな長男に、
「社会科だけはできるよね~。」と
ちょっと皮肉っぽく言ったことがあった。
そんな母に対し、
「社会科は学校の勉強の中で唯一楽しいと想う教科だ。
だから勉強もするし点も採れる。
学校の勉強は楽しいと想うものが無さすぎる。」と返してきた。
当時の私は、他の教科で点が採れない負け惜しみで言ってると想ってしまったが、
就職試験の時の頑張りを観て、彼の自論を否定的に捉えてしまった
当時の自分を恥ずかしく想った。
もし当時に戻れるなら、
思う存分社会科の勉強をさせてあげたいと想うのである。
このことから得た教訓は、
「選択を信じる」ということ。
これは自分に対しても相手に対しても同じ。
例えば、いくつかある選択肢の中で選んだものが、
一番遠回りだったとしよう。
でも、その遠回りの経験がその人にとっては必要であったのではないか?
と想うのである。
だとすると、その人が選んだことは、
その人にとっては必要な経験であったということになる。
「選択を信じる」
これがシンプルにできれば、
余計なことを悩まなくてもよくなるのにな~。
最後までお読みいただきありがとうございます。
2022年10月15日